西アジアの文明と音楽など
西アジアの音楽文化
西アジアの文明が暗いニュースの中で注目を浴びています。米国トランプ大統領の「今夜(イランの)すべての文明が滅び、二度と元に戻らないだろう」発言(注1)は、思慮に欠けた無謀なものと言わざるを得ないものでした。人類に大きな貢献を果たした文明に対しての敬意を、まったく欠いた暴言といってよいでしょう。
言うまでもなく、イランやアラブの文明は、遠くメソポタミア文明に起源を持つので、エジプト文明、インダス文明、黄河文明と並び立つ世界四大文明の1つです。現イラン・イスラム共和国も、そのルーツはアケメネス朝ペルシア(紀元前5c.)にあり、長い歴史と文化、そしてすばらしい音楽を持っています。1979年にホメイニ師の指導により達成されたイスラム革命は、音楽を含むその高度な文化に対するまなざしを変えてしまいました。筆者が初めてかつ最後に、イランの音楽家による古典声楽を生で聴いたのは1978年の11月のことでした(注2)。パフラヴィー朝に庇護された古典音楽家たち歌声を聴けたのは、今から思えばなんと幸運だったのでしょう。その後は、日本に(恐らく)亡命して生活していたネイという縦笛の演奏家と交流したことがありましたが、これらの素晴らしい音楽に耳が届かなくなった方が多く生まれたことはたいへん残念です(日本では、その前からも西アジアは石油がやってくる資源国としてのイメージでしたね)。今回は、イランを含めた西アジアの音楽文化を短く紹介したいと思います。
注1 毎日新聞. 2026. 一時的か恒久的かで対立 イラン、米イスラエルの攻撃再開を懸念. 特集:トランプ政権. 毎日新聞(2026/4/7 12:05(最終更新 4/7 22:47)). https://mainichi.jp/articles/20260407/k00/00m/030/087000c
米NBCニュースなどによると、カーグ島では50カ所以上の軍事施設が攻撃されたとみられるが、地上軍の投入や石油関連施設への影響はない模様だ。停戦への圧力を強める狙いがあるとみられる。トランプ氏は7日、ソーシャルメディアに「今夜(イランの)すべての文明が滅び、二度と元に戻らないだろう」と投稿した。
注2 手元に残るMusical Voices of Asia: Report of [Asian Traditional Performing Arts 1978](EMMERT, Richard ed.), Heibonsha Limited, Publishers.は、当時来日したビルマ(現ミャンマー)、インド、イラン、モンゴル、そして国内から参加した日本の民謡歌手などの演奏記録物です。
ここでは、現在の西アジアを音楽の文化から言語の関係から大きく3つに分けてみたいと思います。単純化し過ぎてこの地域の専門家からは批判を浴びそうですが、全体象を俯瞰して見るには、アラビア語、ペルシア語、トルコ語の3大言語から見ると理解がし易くなると思います。
アラビア語が流通する広い地域(イラク、アラビア半島、エジプト、北アフリカ地域)に、広く拡がるのがアラブ音楽の地域です。現イランや隣接地域で話されるペルシア語の地域に拡がるのがペルシア音楽(イランの古典音楽)です。トルコ語が流通するトルコ共和国に拡がるのがトルコ音楽の世界です。ここでは、アラブ音楽とペルシア(イランの)音楽について触れます。残念ながらユダヤ系音楽や、トルコ、アゼルバイジャン、ジョージアといった国々に囲まれたアルメニア共和国の独特の音楽文化についても割愛します。これらについては、いずれかの記事で触れたいと思います。
さてアラブ音楽は、どのような音楽でしょう。多くの方々には、ディズニー映画《アラジン》や東京ディズニーシーのアラビアンコーストに表現された「アラビアンナイト」のイメージなのかもしれません。いわゆる「オリエンタル」な雰囲気で、異国情緒を感じるものです(映像1)。
映像1:ジーニー役の山寺宏一がノリノリで歌う!映画『アラジン』豪華パレード映像 by moviecollectionjp
では、実際のアラブ音楽はどのようなものでしょう。この短い文章ですべてについて書くのは難しいですから、ここでは代表的な楽器をひとつだけ(こびんの独断から)、ご紹介します。それは、ウードというアラブ音楽の弦楽器です。およその起源は紀元後7c.のバグダード(イラク)にもとめられます。構造的には、細い木片を組み合わせて作る洋なし型の胴体(共鳴胴)に、短いネック、そして後ろに大きく角度を付けて付けられる糸巻き部が特徴です。現在まで欧州で伝承されているリュートは、およそ9c.〜10c.にウードがアンダルシア(スペイン南部)に伝わった後に西洋の音楽演奏に適合していったものだと考えられています。一方、ウードと同じ特徴を持つ楽器は、中央アジアを通して中国に入って中国の琵琶(pípá)、そして日本に入って琵琶となっています。この意味で、アラブ音楽の伝統楽器は西に東に影響を与えて、それぞれの地域の音楽文化を豊かにしているのです。ここに掲載する映像は、エジプト生まれでオーストラリアを拠点としているウード奏者ジョーゼフ・タワードロスのものです。
映像2 国際ウードフェスティバルでのジョーゼフ・タワードロスの演奏(Joseph Tawadros at the International Oud Festival)(2010年)
花と詩を愛する国イランの音楽は、ペルシア語古典詩の盛んな時代(9〜15c.頃)から連綿と流れる古典音楽の系譜が存在します。詩と音楽は、いずれも「音」に依存して存在するものですから、この二つは切っても切れない関係であることに疑いがありません。ペルシ古典詩歌は厳密な韻律に基づき作られ、その詩形は「音楽として」耳で鑑賞するようにできています。というか、詩=体系化された音、と考えれば詩は音そのものなのです。
古典的な歌は、大きくアーヴァーズ(āvāz)という定期的な拍を持たない、まさに日本民謡追分節のような部分と、明確な拍子があるタスニーフ(taşnīf)、そして節と節の間をつなぐ楽器による伴奏部分から構成されます。さまざまな詩の形がありますが、ガザル、マスナーヴィー、カシーダ、ルバーイーは特に有名なものです。これらの定型詩は、一つの対句の前半と後半での韻の踏み方、そして対句の数(詩の長さ)などに特徴を持っています。
ここに掲載する映像は、イラン古典音楽の歌手Maliheh Moradiが、撥弦楽器タール、弓奏楽器カマンチェ、打楽器トンバクの伴奏で歌う様子です。ベルリンで1997年に設立され、「音楽」および「空間/身体/動き」に着目しながら、新たな上演(パフォーマンス)の形やコミュニケーションの形を探し、音楽祭、音楽映画、舞台制作を行っているツァイトゲネッズィッシェ・オーパー・ベルリン(Zeitgenössische Oper Berlin)(注3)の企画によるものです。特に映像の06:03からのアーヴァーズの即興演奏は聴きどころです。
映像3 マリヘーエ・モラディ - コンサート イラン女性の声(Maliheh Moradi ∙ Concert ∙ Female Voice of Iran)(2019)
■これらの音楽は、通勤の途中などせわしい環境ではなく、自宅でじっくり味わうものですね。お読みいただき、ありがとうございます。みなさまからの感想や励ましなどのメッセージをお待ちしています。気軽にお送りください。
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